恋をしたあの日のように

ゆーてあらしっくすのヲタク

10.08

 

 

毎日毎日当たり前のように生きて当たり前のようにあだに過ごしてるのを客観的にふと見ると

「あだに日毎をすごすべきやは 心ひそめて光の知慧を」を校歌として歌う学校の卒業生として恥ずかしくなるね〜

 

 

そういえばわたしは今日に至るまでで今日を生きているのが不思議なくらいとんでもないことばっかやって生きてきたと思う

 

 

その最たる例は中1のときに起こした交通事故ですかね〜今となってはアハアハで済む話ですがあの時はほんとにやばかったんです

 

 

やたらでかい学校で駐輪場から音楽室まで5分くらいかかるとこだったから7:20に楽器を出してろという朝練のためには7:15前にはどうしても着いてる必要があったんですけどその日は学校から2㌔くらい離れたとこを7:06とかに走ってたんですよね〜あの頃違反してカバンのキーホルダーに時計くっつけてたんでよく覚えています

 

いつも5,6人で一緒に行っててその日もみんなと一緒に走ってたんですけどなんか、あ、間に合わないかもって思って1人で少しスピードあげて前を走ってたんですよね〜そんで後ろ振り向きざまに  ねえ間に合わなくなるかもしれないから急がないと〜って言った瞬間に飛び出して轢かれました結構派手に

 

 

なんか後ろから見てた友だちに、お前飛んでたよって今でも言われます。実際そうだと思います。あと1cmズレてたら目の前の家のブロック塀超えてそこんちの木の中に突っ込んでわんちゃん目潰し食らう失明みたいなんもあったなあそんくらいぎりっぎりでした。まあ運が良かったんか悪かったんかは知りませんがそのまま弾き飛ばされてブロック塀にぶち当たって道路に落ちる!上から乗ってた自転車が降ってくる!痛い!当たり前!全身アスファルトとブロック塀に打ち付けて打撲してる上からはねとばされたチャリが降ってくるのマジいてえって感じだ…

当たり前だけど一瞬意識が飛ぶわけです

ゆーて一瞬、数分後に自然に意識が回復すればもう痛い痛い痛い!!!って言ってるわけです

でもあの時のこと思い出すとそれほど痛くはなかったけどとにかく痛い以外の言語を失ったんだと思う( '-' )

 

あとあの時ほどヘルメットの規則に感謝したことはないです

わたしはそのはねられた瞬間ボンネット上に乗ってどうも頭でフロントガラス叩き割ったらしくフロントガラスが粉々になってました

あれ、ヘルメットなかったらわたしは絶対生きてない

今生きててもいつあのときの後遺症が出るかわからないから定期的に脳の検査をしなきゃいけないのと頭痛は頭痛薬で治さず病院にいかなきゃいけないなどなどそりゃあ面倒なことになっています

ヘルメットなかったらまあ命はないでしょうね

 

救急搬送されたんですが、その前のわたしの言葉

「お願いします、車は自分で弁償するからお母さんと学校には言わないでください、救急車も大丈夫です、朝練行かないと先輩にキレられる!」

です

バカかな?当たり前だけどすぐ救急車が来て脳外とか整形とかいろんな科に回されました

 

そしてまた奇跡なのがその日4時間目から学校行ったことだと思います、笑いますね

 

あと数cmとかたまたまヘルメットかぶってたとかなんかいろんな奇跡の積み上げで生きてます

 

それを考えるとほんとわたしの人生どうなってんのって感じ

 

いやこれだけじゃないじゃん?放送委員でお昼の放送すんのに給食持ったまんま階段下ってたら足ひねって落ちて給食頭からかぶって捻挫するし、運動会とか榛名団の団長だったんに、運動会当日に階段から落ちて足をひねったまま徒競走だのなんだの、あとはあの団長の炎天下の激務をやったこともある

あ、その時ちゃんと冷やしたり病院行ったりしなかったせいで今でも急激に足首動かすと痛い痛い痛い!ってなる

病院行った方がいいね!

 

あとは尾てい骨?三重塔なる組体操の中段やったんだけど練習のときにそれが崩れてケツからついて尾てい骨を思いっきり打ったのもほっといたんだけど今でもいきなり長時間座ってから立ち上がるとぎゃぎゃぎゃってなる

病院は行くもんであるね!

 

ほんとによく生きてられるじゃんわたし!生きてるだけで奇跡を体現したような、ぶっちゃけ迷惑極まりない、そんな人間であります

 

 

こんな事言ってるとみんなに嫌われそう(笑)