恋をしたあの日のように

ゆーてあらしっくすのヲタク

10.07 わたしのこと。Ⅰ

 

今日は別に何もなかったからなんとなく今まで言ったことなさそうなわたしのことについて。(要は毎日書きゃいいと思ってる)

 

 

わたしの将来について。

法学部は良くも悪くも進路が沢山あると思う。つぶしが効くだのなんだのとよく言われる話。

 

小学校3年生になったばっかのときに検察官になりたいと思った。よくあるHERO見たからというまさにそれだったしそれは否定はしませんね。単純に「真実」を追おうとする姿に憧れたんだと思うけど、なんで刑事じゃなかったんだろうというのは今になって湧いてくる質問。それから11年以上経つけど、ブレたことは大学に入るまでは一度もなかったなーと思う。

よく医者になりたかったとか頭がありゃあ医学科に言ってたってわたしは言うけど医者になりたかったのはそれ以前の小3のその日までの夢だったわけで半分ホントで半分ウソ(笑)わたしのそれまでの夢は京都大学医学部医学科に入学して世界一の外科医になることでした。笑

 

今までいたるところで、将来の夢は、って聞かれてきたけどその日から大学入るまでに検察官以外は答えたことがないと思う。小学校の卒業文集、中高の各種進路希望調査、中学校の学年代表にもなって全校の前で発表した少年の主張、どこでもわたしは検察官になりますと言ってきたと思う。

 

大学では一度も言ったことがないけど結構ガチめの夢というか、夢というとぼんやりしてるからわたしはいつも目標というけど、目標ですね〜

 

 

だからあの日から迷うことなく法学部と決めていた。法学部以外は特に興味なかった。

 

 

それから大学に入ってすぐそれを辞めるに至るわけで。諦めたんじゃない、辞めたの、ここだけはまちがえられたくないところ。検察官になるにはそら司法試験とかいう難関試験を上位層で合格する必要があるから辛いに決まってる。ただわたし、頭悪いから、合格するのに上位層でなきゃいけないなら上位層に入るように勉強すりゃあいいと単純に思うのでそんなとこで諦めたんじゃあないというのだけはプライドもあって毎度強調はしてる気がする。

 

1つめの理由としては法律学がつまらないと思ったから。法解釈だの現社だのこんなん何が楽しいん?ってずっと思ってたしこんなんを生涯の職業にするとか絶対ムリって思ったからとかいうやつ。ただ今考えたら、吹奏楽でわたしが一番基礎練習が嫌いだったように基礎練と同じ1回前期の科目が私にとって面白いはずがないよね〜。

 

2つめの理由としてはなんとしても都心で生きたかったから。こーれーはー本当に理解してもらえない理論を展開しなくてはいけない。

群馬のど田舎に住んでたわたしにとって東京都心は憧れでしかなかった。ゆーて群馬、首都圏に含まれるじゃんいいじゃん近いんだからと何度言われたことかって感じだ。ええ、ええ、確かにうちは都心まで100㌔ないところでしたけど、近くだからこそこの違いに落胆したんだと申し上げたい。

あと人間が好きなんだと思う。原宿の表参道のとこに5時間突っ立ってろって言われても流れていく人の流れを見ながら何も考えずに立っていられると自信がある。なんだろうね、自分ではない人や自分が属しない団体を見ることが昔から大好きだった。他校に合同練習に行けばその学校の中身に俄然興味があったしとにかく人が生きている様を眺めてるのが好きなんだとしか言えない。人間観察、とはまた違うと思う。人間という生き物がただ息をしてこの世の中で日々の生活を営む様子を概観するのが好きなんであって、わたしは特定個人の人間に対する興味というのはほとんどないと思います。特定個人に興味を持つとその人のいろいろな部分に同情だなんだといろんな感情が出てきて自分が疲れるので。とにかくそれを概観しているのが好きだからそうやって人ごみでたくさんの人が日々の一瞬を創り出す瞬間を見れる東京都心が大好きなんだと思っている(なんなんこの理論)

だから検察官が全国転勤っつってキムタクが沖縄にとばされてくシーンも見てながら東京都心で家庭がほしいともずっと思ってきた。

 

大学生になってほんもんの法律っていうものに触ることになって、これまでは直接関係なかった科目だけだったのが法学部になりアイメジャーインローと言うようになり、真剣に将来を考えた。拮抗する両立しえない2つの夢の処理の仕方を1年考えた。そんでやめようって思った。軽い気持ちで検察官になりたいなどとは決して思ってなかったけど、いやそもそもそれなら11年以上なりたいとなんて言ってないけど、都心から離れたことで自分があの都心という場所にどんな憧れを持ってるかを身を以て知ったと思う。そのあこがれとしては今でも変わらない。

 

そのまま2回生になった。ゼミの自己紹介で、「わたしは官庁系の公務員になりたいです」わたしは事務作業が死ぬほど苦手なのに。そんなん出来るはずがないのに。

だけど検察官以外になりたいものなんてなかったし他に言える夢もないしという感じ。

ずっと後ろめたいなーとは思ってたけど、ね。

 

考える決め手は1Qテスト後にある人から言われた法科とか考えてるん?って一言だったんだなー、と今になっては思う。学校が大好きで院という場所で学生やりたいというのもあって予備試なんて全く考えない私としては本当に法科を考えないと言ってしまえばもう検察官にはならないと宣言したも同然なので答えに2秒だけどつまってしまった。えへへ、国家公務員とか〜とかなんとかその時は受けないという言葉を避けて適当に言ったと思うけどまず、一瞬でも詰まるような目標しか自分にはないのかと思うのが悔しかった。

だからもう1度、これを最後にしてここで決めた目標はもう変えないと決めて考えたんですよね〜ヘラヘラしてながらそんなことをじつは考えていました、第2クオーターのあいだずっと。

 

そしたら画期的なことに、検察官になり、そのあといつか退官するときには都心に永住すりゃあいいという至極簡単ながら今まで気付かなかった画期的な方法を見つけて喜んでいます。とても、嬉しい。

 

お前なめとんそんな簡単な道じゃねえでなと言われそう。

まあなんとでも言ってください。殊私の目指すものについて能力で無理無理言われるんはなれています。

でもわたしも基本的に周りに想像されてるよりはるかに負けず嫌いなのでいつか否定した人を必ず殺しますね。ああおわかりだとは思いますが殺すというのはわたしに対してすいませんでしたと言わせるってことです、刑法を使って人を裁く職業に就きたいという人間がまさか刑法に抵触するようなことするわけないですわ。いつか絶対に、無理だと思ってたごめんと言わせてみせますね、言わせられる自信があります。こんなこと言ってなれなかったら恥ずかしいと文字ヅラとしては言っておきますね。なれるかどうかとか知らん、でもなれないかも〜とか言ったらほんとに無理だと思う。

あのね、そんな、この12年弱、何度この職業と司法試験とかいう最難関試験について調べてどれほど難しいよ厳しいよって言われてそれで今日目指してると思ってるの。

あなたには無理って言うけれど、いろんな先生に嘲笑され無理でしょうと言われ何度も否定され、予備校もなんもなし、挙句8月の真ん中まで部活して5ヶ月で神大法学部E判定の中の下位層からB判定の1位に変えたときより苦しいことはないしそれより無理なことがこの世界にあるんなら教えてくれって感じだ(これはいまだに誇り、現実岡法生だけど)

あの県立中央中等に落ちた日も前女後期合格した日もコンクールの金賞で大泣きした日も銀賞でダラダラ泣きながら引退した日も高崎音楽センターのステージで天国の島のソロを吹いたコンクールの日もどの日も目指してきた目標かと思うと感慨深い。

 

そんな経緯がこの1年半、というか第2クオーターの間ありまして、いまはやれ勉強しないと判例通説言ってるわけなんです。

 

 

 

 

また別の自分のことについては書くことがない日に書く〜